第六章 I’ve Got No Strings(3)

 レーダーに映る味方機の反応がまた一つまた一つと消えていっては、ゲーティアの尖兵となって再び息を吹き返す。誰が敵で誰が味方なのかすらも判然としない。
 ただ戦場を満たす機械達の歌声だけが、着実にその音を大きくしていくばかりだ。
「文楽君、やばい! 燃料がもう足りてない!」
「具体的な残量は!?
「わかんない! けど、とにかくやばいのよ!!
「とにかくそのヤバさとやらを説明しろ!」
 本来の操縦士である留理絵に代わって、【市松イチマツ】の操縦を文楽が引き受けている。一部の管制や出力調節のみを彼女に任せ、文楽は手綱を指先に取り付けた状態で、更に操縦桿を握るという大道芸のような芸当を見せているのだ。
 だがどれだけ彼の技術が人間の限界を超えていても、乗っているのは訓練機に過ぎない。操縦士よりも先に、機体の方が限界へ近づきつつあった。
 機体の燃料は〈リヴァイアサン〉を誘導するまでの道中で殆どの量を使い果たしているし、弾薬もまともな量を残していない。各部の推進器はとっくに限界使用量を越えて、噴射口のノズルが今にも熔け落ちそうになっている。
「ちょ、文楽君! 前、来てる!!
「知ってる!!
 文楽の肩を掴んでガクガクと揺らす留理絵に、文楽は苛立ち交じりに応じる。
 正面からつかみ掛かってきた隻腕の機甲人形アーマードールを、弾薬の尽きた重機関銃を棍棒のように振るって殴り飛ばす。銃身のひしゃげた機関銃と、機体から外れた推進器が同時に宙を舞い、敵らしき機甲人形アーマードールは地面に向かって墜落していく。
 もしかしたら、こちらを敵と誤認した味方だったかも知れない――だが、それを冷静に判別している余裕すらも、もはや残されていないのだ。
 果てしない同士討ちを繰り返す中で、合わせて三十機近くを数えていた機甲人形アーマードールの反応は、既に十機以下にまで消耗していた。
 無事に生き延びている機体すらも、四方八方から絶え間なく浴びせられるゲーティアの呪詛によって敵の手に落ちていく。
「くそっ……今ので武器は使い尽くした。操縦も殆ど利かない」
「じゃ、じゃあどうするの!?
 推進剤すらも底を尽き、機体がゆっくりと降下を始める。
 諦めだけが操縦席の空気を満たしていく中、文楽は憑き物のおちたように爽やかな声で留理絵にふと言葉をかけた。
「お前や雅能に出会えて良かった。心からそう思っている……今まで戦ってきた意味を、この後方に来て知ることができた。礼を言う」
「ちょっと、遺言みたいな台詞やめてよ! そんなの聞きたくない!!
 二人を宿したまま制御を失った【市松イチマツ】は、山の斜面を滑るようにして墜落する。
 地面に激突する瞬間、斜面を滑らせて衝撃を押さえ込んだのは、文楽が人形遣いパペット・マスターとして見せた、精一杯の最後の抵抗だった。
 コンソールを操作してハッチを開くと、文楽は穏やかな声で続ける。
「基地に残してきたフェレスのこと、よろしく頼む。お前になら安心して……いや、安心はできないが、とにかく任せたい」
「文楽君、待って――」
 留理絵の必死な制止を振り払い、操縦席を飛び出して森の中を駆け抜けていく。
 機体の中に残してきた留理絵が無事に生き延びられるかどうか、それを保証することはできない。だが自分が囮になれば、その可能性は僅かでも高くできる。
 生い茂る木々の間を潜り抜け、文楽はダムのあった渓谷まで辿り着く。
 コンクリートで地面を固められた、広場のような場所に躍り出る。頭上をゆっくり見上げると、自分の存在に気が付いた一体の機甲人形アーマードールが、手にしたライフルの砲口を向けて狙いを定めているのが見えた。
「ああ、覚悟はできている」
 せめてレヴィアの手であったなら――自嘲気味に心の中で呟いて、文楽は大きく後方へ跳躍する。
 入れ替わりに、一瞬前まで立っていた地面が吹き飛んでいた。
 ライフルの弾頭が着弾したのだ。飛散した破片が横殴りの雨のように身体を叩く。
 死ぬ覚悟はできている。だが、体が動く限りは戦い続ける。
 たとえ一機だけでも引きつけ、一秒でも多く時間を稼ぎ、一人でも多く撤退できるよう努める。それが今の文楽にできる最後の戦いだった。
 続けて放たれた二射目を、爆風に吹き飛ばされながら辛くも躱す。
 吹き飛んだ岩の破片が脚に当たり、骨の軋む嫌な音が耳に届く。
 痛みに脚がもつれ、まともに着地できず、壊れた人形のように地面を転がる。
 使命感で体を動かそうにも、ゼンマイはもう切れている。
 感情を頼りにしようにも、繰り糸も切れてしまった。
 やるだけのことはやった。やっと、この世界から消えることができる。
 始めから自分は、この世界のどこにも居ない人間だった。元に戻るだけだ。
 澄み切った青空を見上げながら、文楽はふと無意識に呟く。
「……もう一度、あいつの飯が食いたかったな」
 ふと浮かんでしまった言葉が、死への覚悟を濁らせていく。
 澄み切っていたはずの空に、気が付くと細い一筋の雲が走っている。
 結局、何にもなれることはなかった。
 無色になることも、透明にもなることもできなかった。
 こんな気持ちになってしまうぐらいなら、出会わなければ良かった。
 中途半端な覚悟を抱えたまま、文楽は瞼を閉じて、訪れるべき最後の瞬間を待った。
 機械の指がゆっくりと動き、引き金が引かれる。
 炸薬が弾け、轟音が耳をつんざく。
「ッ――――」
 その瞬間は、いつまで待っても訪れなかった。
 もしかすると、既に死んでいるのに、自分が気づいていないだけなのではないか。
 文楽はおそるおそる、ゆっくりと瞼を開いていく。
 真珠のように真っ白な光沢が目に飛び込んできた。
「ごめんなさい、文楽さん……えっと、来ちゃいました」
「フェレス!? お前なのか!」
 機甲人形アーマードール〈メフィストフェレス〉が、見上げる空に浮かんでいた。
 最後に見えた飛行機雲は、彼女が作った航跡だったのだろう。
 機体の背からは、黒煙が濛々と立ち上っている。フェレスが機体からだを盾にして、迫り来る砲火から文楽を庇ったのだ。
 花びらのような形をした推進器をゆっくりと窄めながら、文楽の前に静かに降り立つ。
 瞬間、握り締めた拳を機体の装甲へ振り下ろし、文楽は叫んだ。
「この馬鹿! どうして勝手に来た!?
「文楽さんが私の操縦士を辞めるというなら、私に命令を聞く義理はありません。たとえ帰れと言われても、自分の意思であなたの盾になります」
「だったら操縦士として命じてやる! さっさとそこを退け!!
「いいえ。自分の操縦士を守るのは機甲人形アーマードールである私の責務です」
「ふざけてるのか!?
 彼らの思いなど意に介することなく、上空の敵機は標的に向かけて砲火の雨を次々と浴びせ続ける。
 だが、人間など欠片も残さず吹き飛ばしてしまうような巨大な対戦車ライフルの銃弾も、機甲人形アーマードールの堅牢な装甲を貫くことはできない。
 すっぽりと文楽の身体を覆い包むように機体を丸めながら、フェレスは言葉を続ける。
「文楽さんが怒っているのは分かっています。謝って許して頂けるようなことだとは思いませんが……」
「今はそんな話をしている場合じゃない!」
「ええ、そうですね」
 きっぱりと言い切ったフェレスは、機体の腕を駆動させると、腰のマウントラッチから機関銃を取り外し、グリップを握る。
 背後に銃口を向けると、振り返りもせずいきなり引金を引いた。
 相手が止まっているので油断していたのだろう。ろくな回避行動を取る暇も無く、上空の敵機はフェレスの放った銃弾の餌食となる。
「これで話を聞いていただけますか?」
「……お前、一体何があった」
「ルーシィさんに教えて頂いたんです。自分の心に、正直であるようにと」
 機関部に直撃を受けた敵機は、黒煙を上げながら高度を下げ、見る見る内に墜落していく。だがフェレスは、その様子を振り返ろうともしない。
 一体、あの世話焼きは何を彼女に吹き込んだのだろう。心構えだけで、ここまで人が変わるとは思えない。
「お前の意思が固いのはわかった。だが、俺だってそれは同じだ」
「これからはもう、隠し事はしません。今まで嘘をついていて、本当にごめんなさい。嫌われてしまっても、仕方ないと思います」
「まだ分からないのかお前は。嫌いだから乗りたくないとか、そんな話じゃない」
「じゃあ、私のことが嫌いになったから、乗らないと言ったわけじゃなかったんですね!」
「……お前、やっぱりふざけているだろ」
「文楽さんには分からないかもしれませんが、私には重要なことなんです」
 フェレスがずっと身体の事を隠してきたことには、確かに苛立っていた。
 だがそれ以上に、彼女がそんな無理をしていたと気付かず、辛く当たってきた自分の無神経さに文楽は苛立ちを募らせていた。
 今こうしている間にも、機甲人形アーマードールの体を制御するためにフェレスの脳には膨大な負荷が掛かり続けている。
 目の前で萎れていく花を、ただ見つめ続けることしかできない。
「もういい、分かった。少しでも悪いと思っているなら基地に戻れ」
「それはできません。私は、戦うための存在なんです。人類と共に戦う同胞であり、共に生きる隣人。そう言ってくれたのはあなたのです」
「まだふざけるつもりか! いい加減、とぼけるのはやめろ! お前は……っ」
 
――お前は、本当は人形じゃないのに。
 
 残酷すぎるその言葉を、文楽は口に出すことはできなかった。
 命を削ることになると分かっていて、どうして人形の振りをしていたのか。
 ただ声を押し殺しながら、機甲人形アーマードールとなった少女の姿を見上げ続けることしかできない。
「あなたは、やっぱり優しい人です。文楽さん」
 顔を上げた先に見える〈メフィストフェレス〉の硬質な相貌が、不意に優しく微笑みかけているように映った。
「……私はあなたにもう一つ、嘘をついていました。それを伝えたくて来たんです」
 上空を飛び交うゲーティアに操られた機甲人形アーマードールの大群。
 人類の存亡を賭けて、必死に争い続ける人間と人形の終わりなき凄惨な戦い。
 そんな地獄のような光景を振り返ろうともせず、フェレスはただ一つの真実を伝えるために文楽へ向けて穏やかな声で語りかける。
「私はあなたの言っていた、白い小さな花の名前を知っています」
 どうして今、そんな話をするんだ。
 無言で問いかける文楽へ、フェレスは静かに言葉を続ける。
「まだ人間だった頃の私は、ある人にその花を差し上げたことがあったんです……私たちを守る為に戦ってくれた、〝私だけの英雄〟に」
「そんな……じゃあ、お前は――」
 ゆっくりと息を呑んだ文楽は、震える声で言葉を続ける。
「――君は、あのときの……?」
 今にも泣き出してしまいそうな表情で、自分を庇う機甲人形アーマードールをじっと見上げる。
 かつて名前もない少年だった彼に、白い花束を手渡してくれた名も知らない少女。
 花を手渡されたときの温もりと柔らかな感触が、呪いのように記憶に残っている。
 触れた手の温もりが、自分を人間にしてくれた。
 柔らかな感触を思い出す度、痛いほどに苦しかった。
「鋼鉄の巨人の中から姿を現したその人は、私が思い描いていたよりとても小さくて、幼くて……そして触れれば崩れてしまいそうな男の子でした」
 機甲人形アーマードールという強大な鎧に比べ、人の身はあまりに小さく、弱く、そしてもろい。
 花束を贈ろうとした少女は、触れたことで、その危うさに気付いてしまったのだろう。
 絶え間なく周囲を満たすゲーティアの歌声と戦場の轟音を背景へ押しやって、フェレスの切実な言葉だけが耳に響き続ける。
「こんなことを言ったら、また怒られてしまうかもしれません……それでも私は、願ってしまった。自分を救ってくれたこの人を、私の手で守ってあげられたらと」
 表情の変わらない〈メフィストフェレス〉の顔貌が、気恥ずかしそうな笑みを浮かべているように、文楽の目には映った。
 冷たく硬質な機甲人形アーマードールの掌で少年の身体を包み込みながら、フェレスは悲痛な響きを宿した声で語り続ける。
「もう一度会って、冷え切った小さな手をこの手で温めてあげたかった。あの崩れてしまいそうな弱さを支えてあげたかった……それが、私のどうしても叶えたかった願いです」
 少女は願いを叶えるために、その代償として自分の身を人類の為に捧げた。
 あの人形師は、悪魔に身を落とした人間として、契約を果たそうとしていた。
 自分の弱さから目を逸らすために、その尊い覚悟を踏みにじってしまっていた。
「そんな……そんな馬鹿な話が認められるか!!
 分かっていても、決して認めることはできなかった。
 どうしてそんな小さな願いのために。
 どうしてこんな空虚な自分のために。
「どうして――」
 今まで感じたことのない感触が、瞳を熱く焦がしている。
 熔けた金属が伝い落ちるように、焼け付くような熱さが頬を伝っていく。
 自分の感情の正体に気づけぬまま、文楽はただ声の限りに叫んだ。
「どうして俺を人間にしてくれた君が、人間でいられなかったんだ!!
 それが涙であることに、声を上げてから気が付いた。
 ただ悔しかった。
 力の無い自分が惨めだった。
 何も救えない自分が許せなかった。
 だから心を機械にして、人であることを捨てて、強くなりたいと願ってきた。
 それなのに――守られているのは、気が付けば自分の方だったなんて。
「俺は、今まで、何の為に……」
 顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を零しながら、弱々しく声を絞り出す。
 《蛇遣いアスクレピオス》と呼ばれた英雄の姿はどこにもない。
 ただ傷だらけの、か弱く頼りない少年の姿がそこにあるばかりだ。
 機甲人形アーマードール〈メフィストフェレス〉は、その小さな体を機械の両腕でそっと包み込む。
「でも、今の私の手なら、あなたの大きくなった手も包んであげられます」
「……ばか、大きすぎだ」
 差し出された巨大な機甲人形アーマードールの両手を見つめながら、文楽は乾いた声で呟く、
 フェレスの掌に、あの日触れた柔らかさと温かさは感じられない。
 無骨な金属の見せる硬質さと冷たさが、ただそこに在るだけだ。
 それでも、心の奥に灯る小さな火は、あの日と同じ温度を確かに宿している。
「けどこうして、その体を丸ごと包み込んで守ってあげられる。だから私、この体になれたこと……機甲人形アーマードールという存在になれたこと、後悔なんてしていません」
「嘘をつくな! そんなのは強がりだ!!
「嘘なんかじゃありません。私は、本気であなたのことを――」
「黙れ、このバカが! 大バカが!! ふざけるのもいい加減にしろ!!
「ひっ……ひどいです! いくらなんでもバカって言いすぎです!!
 散々涙を流し続けていたはずの文楽は、気が付けば今度は大声で怒鳴り始めていた。
 むしろフェレスの方が、涙声を上げてしまっている始末である。
 気が付けば降り注ぐ砲火の音が静まり始めている。
 上空を見上げると、戦場の空を漆黒の影が大きく翼を羽ばたかせながら、縦横無尽な軌道で飛び交っているのが見えた。
「あいつが手を回してくれたのか……世話焼きなやつめ」
 あの面倒見の良い教師が、わざわざフェレスの手を引いてここまで連れてきて、今までずっと上空で自分たちを援護してくれていたのだろう。
 パイロットスーツの袖で涙を拭い取った文楽は、〈メフィストフェレス〉の機体を睨み付けるように見上げる。
 涙の乾いた瞳には、鮮やかな色をした炎が灯っている。
「お前のおかげだ……いや、お前のせいだ。フェレス」
「な、何がですか?」
「俺は今、心の底から腹を立てている。普通の人間のように、怒りを抱いている」
 握り締めた自分の拳に目を落としながら、文楽は言葉を続ける。
「俺は……何もかもを奪っていくゲーティアに、ずっと怒りを抱いていた。そんな当たり前の感情さえ、悲しみから逃れるために忘れようとしていた」
 心のない機械は、きっと花を嫌いすらしない。
 嫌っていたのは、花が枯れて傷付いしてしまう自分自身だった。
 傷付く自分から目を背け、認められない弱さこそ、フェレスの言う幼さだった。
「悲しみに立ち向かう強さを、お前が教えてくれた」
 怒っていると言いながら、文楽の表情に宿るのは、人間らしい温かみのある笑顔だった。
「だから、自分が『人間じゃない』だなんて嘘をつくのは、もうやめだ」
「っ……はい! 文楽さん!!
 力の無い笑みを浮かべる文楽に、フェレスは心から嬉しそうに返事をした。
 自身を覆うようにして差し出された〈メフィストフェレス〉の巨大な手に、文楽は自分の小さな手をそっと重ねながら続ける。
「俺はレヴィアを、ゲーティアの手から取り戻したい。それが、あいつをもう一度この手で殺すことになるとしても……その為に、お前の力が必要だ」
「……文楽さん。あなたは優しいけど、やっぱり同じくらいひどい人です」
「どういう意味だ?」
「あなたには〝私だけの英雄〟で居て欲しいんです。ずっと、これからも」
 それまで彼を慰めるように優しい声を上げていたフェレスは、ふと子供が拗ねるような声を上げる。
「だから私も、『誰かの代わりでいい』なんて嘘をつくのは、もうやめにします」
「うぉっ!?
 まるで人間が小動物を摘まみ上げるように、フェレスは機甲人形アーマードールの巨大な指先で文楽の体を軽々と持ち上げる。
 そのまま機体の操縦席まで彼を導くかと思いきや、機体の目の高さと同じ位置でぴたりと手を止めた。目と目で――正確には機体のカメラアイと人間の瞳で――二人は互いに見つめ合うかたちになる。
「そもそも文楽さん。本当は私、置いてきぼりにされたこと、とても怒ってるんです!」
「そ、そうか……それは、悪いことをした」
「だから今日は一つだけ、わがままを言わせて下さい。それで許してあげます」
「わかった。なんだ、早く言ってみろ」
「たとえ私が機甲人形アーマードールでも――いつか枯れてしまうかも知れない花だとしても、これからも愛情を注いでくれるって、今ここで誓って下さい」
「……な、なんだと?」
「ですから! 機甲人形アーマードールでも愛してくれると、今この場で誓って下さい!!
「はぁあああっ!?
 文楽はひっくり返った声を上げて、〈メフィストフェレス〉の指に摘ままれた状態のままじたばたともがき始める。
 機甲人形アーマードールの無機質な相貌は、人間のように表情を変えることはない。けれど人間が顔を赤くさせて照れるみたいに、頭部の熱量が急激に上昇し、排熱用のファンが轟音を上げて必死に回転を始めている様子は、外から見てもよくわかった。
「そんなことを言っている場合じゃないだろ! ふざけるな!!
「〝そんなこと〟なんかじゃありませんし、ふざけてもいません!!
 文楽もまた、人間らしく頬を赤くして、顔いっぱいに照れと恥ずかしさを浮かべている。
 さっきまでの何倍も何十倍も、焼け付くように顔が熱くなっていくのを感じた。
「言っておくが俺は、愛情の安売りはしない主義だ」
「言ってくれるまで、絶対中に入れてあげませんからっ」
 フェレスは悪戯っぽい声で言うと、じっと黙って続く言葉を待ち続ける。
 文楽が口を開いたのが先か、フェレスがハッチを開いたのが先か――その結末を知るのは、二人だけだった。

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