第四章 REINCARNATION(4)

 【妖精フェアリィ】とは、偵察専用機として作られた、操縦士を必要としない自律型の機甲人形アーマードールのことだ。
 直接的な戦闘能力は低いものの、航続性と索敵性に特化している。また、操縦士を必要としないため、疲弊を問題にすることなく不眠不休で基地周辺を飛び回り警戒の目を光らせることができる。
 ゲーティアの電磁撹乱によって長距離索敵が機能しない現代戦場において、妖精はどの基地にも最低でも一機は配備されている拠点防備の要だ。
「その妖精さんが帰ってこないから、探しにいくということですか?」
「ああ。警戒任務のために飛び立ったあと、行方がわからなくなったそうだ」
 〈メフィストフェレス〉の操縦席に座る文楽は、隣で首を傾げるフェレス――の立体映像――に向かって状況を説明する。
 駐屯している操縦士や地上部隊の一部も、基地周辺の捜索に回っている。
 訓練生である文楽も、ゼペットの計らいで捜索部隊に混ざって出撃していた。
「どうしたんでしょう? 迷子になってしまったのか、何か故障があったのか……」
「……だといいんだがな」
「文楽さん、どうしたんですか? そんなに顔色を悪くされて」
「うるさい、気が散る。お前もしっかりと捜せ」
「ふぇえ……」
 涙目で抗議するフェレスを無視しつつ、文楽は目を皿にして眼下に広がる深緑に目を光らせる。
 普段の冷静さからは想像もできないほど、表情には焦りが満ちていた。
 捜索を始めてから30分も経った頃、不意に二体の【市松イチマツ】が近づいてくる。
『やっほー、愛生君。フェレスちゃん』
『なんだ愛生、お前も手伝わされてたのか』
「桂城さん! それに、剣菱さんも」
 二つの声を聞いて、フェレスが驚きの声を上げる。近づいてきた二体は、文楽と同じクラスの訓練生である桂城留理絵と剣菱雅能、二人の機体だった。
 文楽の後方に続く雅能の機体から、不満に満ちた声が文楽に向けられる。
『愛生。どうしてお前まで出撃してるんだ? オレと桂城は成績順で上の方だったから呼ばれただけだけど、他の生徒は基地で待機中のはずだ』
「ええと……フェレス、面倒だ。代わりに説明してくれ」
「は、はい。私達は偶然格納庫で機体の整備中だったので、すぐに出られるからということで一緒に出撃することになったんです」
 さすが〝虚飾〟の名を背負っているだけあって、咄嗟とっさのごまかしが上手く隙が無い。実際、上辺の流れだけ見れば辻褄も合っているので全くの嘘でもない。
 さしもの秀才である雅能も、フェレスの説明を疑うことなく鵜呑みにしてしまった。
『なるほど、事情は分かった。でも、どうして格納庫なんかに居たんだ?』
「それは文楽さんが、せっかくのお休みだというのに私の機体を整備して下さると仰ってくださって――」
「フェレス。余計なことまで言わなくていい」
 露骨に不機嫌な表情を浮かべて、文楽は言葉を遮ってから続ける。
「剣菱。他にも訓練生は何人か出ているのか?」
『あと四人ぐらいは出てたと思う。俺達と同じ、二人一組で捜索の手が薄い場所を補ってるみたいだ』
「訓練生だけで編隊を組んでるのか? 接敵した場合、対応できると思えない」
『こんな後方に敵襲が来たと思ってるのか? 意外と心配性なんだな、愛生も』
「……なんだと?」
 文楽の口調が、意図せず険のある鋭いものへと変わる。
 威圧感に押されて、雅能は慌てて自分の言葉を引き下げた。
『いや、悪い。意外だと思っただけだ。気に障ったのなら謝る』
「別に怒っているわけじゃない。謝らなくてもいい」
 気分を落ち着けて言葉を返したものの、文楽は深刻な表情を露わにする。
 後方基地の実態をまざまざと見せつけられて、焦りを募らせていたからだ。誰も〝交戦の可能性〟を考慮していないことが、前線暮らしの長い文楽には異様と思えてならない。
 【妖精】は言わば、炭鉱のカナリアだ。
 基地に重大な異変が起きるとき、兆候はまずそこに表れる。
 通信技術が封じられた現代の戦場において、【妖精】は何が何でも情報を基地に伝えることを至上の任務としている。機体の不調トラブルで帰還できなくなったならば、発煙筒や非常信号灯など、発見を促す処置を既に取っているはずだ。
 それが何の音沙汰もないとすれば――想定される事態の選択肢はかなり限られている。
 戦場の中で培ってきたあらゆる経験と記憶が、彼の胸に警報を響かせていた。
「フェレス、二人には基地へ帰るよう説得すべきだろうか」
「帰れと言われて大人しくお帰りになる方とは思えませんが……」
「確かにそうだな。力尽くで追い返すしかないか……いや、こうして訓練機に乗っている方が、状況としては比較的安全かも知れない」
「文楽さん、やはり考え過ぎのような気が……」
 逡巡する文楽に、ふと雅能が不思議そうに問いかけた。
『仮に敵襲だったとして、機甲人形アーマードールを墜とせるような敵がどこに居るんだ? 【妖精】がいくら非戦闘用って言っても、機甲兵器相手なら逃げ延びるぐらいはできるはずだ』
「ならば答えは簡単だ。敵はおそらく、機甲人形アーマードールだろう」
『えっ……!?
 言葉を失った雅能が、驚きに息を飲む気配が沈黙の中に感じられる。
 当然の反応だ。機甲人形同士が戦闘を行う事態など、後方で生きている人間には想像の埒外らちがいでしかない。
『そんなの……機甲人形アーマードールがどうして、【妖精】を攻撃する必要があるんだ?』
「あり得ない話じゃない。例えば、前線の基地から脱走兵が出た場合だ」
 後方ではあまり知られていないが、前線では自分の人形を連れて逃亡をはかる、いわゆる脱走兵がたまに出てしまう。
 軍全体の士気を下げるうえに模倣者を増やしかねないため、軍部はその存在を公にはしていない。記録には決して残らないので、実際目にしていなければ出づらい発想だ。
『なるほど。それなら【妖精】が戻ってこないのも説明がつく……愛生も、意外と頭が働くんだな』
「そんなことはない。数学の問題に比べたらよほど簡単だ」
『でも、それなら逃げた後のはずだ。それ以外に心配事ってあるのか?』
「……俺も、それを今考えている」
 答えならば、既に頭の中にある。考えているのは、それを口にするべきか否かだ。
 《蛇遣いアスクレピオス》の死に関する真相は、自分の死と共に隠匿され、決して表沙汰にはされていない。
 レヴィアが汚染を受け、ゲーティアの手に渡りかけたこと――即ち、人形知能デーモンが絶対の存在ではないと、文楽は身を以て知ってしまっている。
 機甲人形アーマードールは滅び行く人類が縋る最後の砦だ。
 そんな砦の城壁がほころび始めているなどと、簡単に口にできはしない。
 思い悩む文楽は、山林の中にゆっくりと動く何かの影を認め、機体を止める。
「桂城、剣菱。森の中に人影が見える。捜している機体の仮装人形アバターのようだ」
『了解。ほんとさすがねー、この速度で見つけられるなんて』
『えっ、どこだ!? 見えないぞ!!
 留理絵と雅能がそれぞれ拡声機越しの声で応じるのを耳にしつつ、文楽はフェレスに対して命じる。
「フェレス、あの仮装人形アバターの近くまで降下しろ」
「あ、あの文楽さん。私も見つけられてないんですが……」
「赤外線走査を使って熱量で見分けろ。三時方向だ、早くしろ」
「は、はい! ううっ……文楽さん、操縦中だと厳しさが増してる気がします」
 機体を降下させた文楽は操縦席から急いで飛び降りると、森の中をさまよい歩いていた仮装人形アバターへ駆け寄る。留理絵と雅能の二人が、同じく彼に続いた。
「郡河基地の【妖精】だな。何があったんだ?」
「はい……報告いたします。私の本体は、所属不明の機甲人形アーマードールによって撃墜されました」
 体にところどころ傷を負った【妖精】の仮装人形アバターは、落ち着いた声で淡々と口にする。
 破損による影響なのか、元々そういう性格なのか、声から滲む感情は希薄だ。
 想像していた可能性が現実になっていくにつれ、雅能が徐々に顔を青くしていく。
「所属不明機って……愛生、やっぱりお前の言う通りだったのか?」
「まだ何とも言えない。状況を確かめてみない限りは」
 文楽と雅能が言葉を交わす間に、地図を片手に持った留理絵が【妖精】の本体が撃墜された位置を聞き出している。
 地図を覗き込んで場所を確認しながら、文楽は詳細な情報を聞き出しにかかる。
「お前を撃墜したのはどんな機体だ?」
「はい。機体の塗装は濃紺。装甲は所々破損しており、異なる形状の装甲を継ぎ接ぎして修復されていたようです。それと、操縦士は乗っていないようでした」
「無人機だと……? どうして、そう分かる」
「ハッチが開いたままになっていて、誰も座っていない操縦席が見えました。機体の型は――」
 仮装人形アバターは右手をすっと持ち上げると、雲を差すように指先を伸ばす。
 三人の操縦士は、その指が示す先を振り返り、そして一つの機甲人形アーマードールに辿り着く。
「そちらにいらっしゃる機甲人形アーマードールと、同系統でした」
 機甲人形アーマードール〈メフィストフェレス〉――【聖像イコン】と呼ばれる型を持つ機体。
 数々の特徴が合致する機体に、文楽は一つだけ心当りがあった。
「まさか、そんなはずは……」
 文楽は顔を蒼白にして、痛みを堪えるように心臓のあたりを鷲掴む。
 鼓動が早まり、呼吸が苦しくなっていく。心なしか体温も急激に下がっている。目に見えない水が自分の周囲だけを満たし、徐々に溺れていくような気分だ。
 不穏な文楽の様子に気付いたのか、留理絵が心配そうな声で呼びかける。
「愛生君、どうしたの? 墓から起き上がった死人みたいな顔してるけど」
「……桂城。剣菱と一緒に、この仮装人形アバターを連れて基地まで先に帰還しろ。俺はこいつの本体が撃墜された地点を確認してくる」
「おい待てよ、愛生! どうしてお前が勝手に仕切ってるんだよ!」
「そうよ愛生君! 私も一緒についてくわ。剣菱君は先に帰ってていいわよ」
「桂城、何気にひどいなお前!!
 大声をあげた雅能は、留理絵に対して食って掛かる。
「だって、もし敵と遭遇した場合、愛生君だけじゃ困るじゃない?」
「そうだけど! どうしてオレだけが帰ることになってるんだ!?
「えっ、なに? 剣菱君、そんなに愛生君と二人っきりになりたいの?」
「変な言い方するなよ! 茶化してる場合か!!
 必死に声を上げる雅能と、マイペースにあしらう留理絵。
 のんきな言い合いを繰り広げている二人の間へ、険しい表情の文楽が割って入った。
「まずは情報を基地へ持ち帰ることが最優先だ。剣菱、お前がそれを果たせ」
「こう言いたいんだろ、愛生? この中で、一番操縦技能が低いのはオレだって」
「そうは言っていない。だが不測の事態に陥ったとき、手が震えている操縦士に背中を預けることはできない」
「っ……どうしてお前は、そんなに落ち着いてるんだよ」
「俺だって焦ってる。この事態を一刻も早く基地に伝えなければならない」
「……お前は十分落ち着いてるよ。こんな状況でも、ちゃんと大局が見えてる。オレとは違って」
 雅能は品格も成績も優秀な、模範的と言っていい訓練生だ。
 きっと優秀な軍人になってくれるだろうと期待もできる。
 だが決して、優秀な操縦士というわけではない――少なくとも、今はまだ。
 自分が成すべき役割を理解したのだろう。雅能は、決心した表情で二人に向き直る。
「分かった。この仮装人形アバターは絶対に基地まで送り届ける。お前らも、無理はするなよ」
「ああ。機体を回収できたら、すぐにでも戻るつもりだ」
 文楽の言葉を受け入れた雅能は、機体の操縦席に【妖精】の仮装人形アバターを乗り込ませると、基地の方角へ向けて飛び去っていく。
 戦闘では役に立たないと思っていた仮装人形アバターだが、その存在のおかげで撃墜された機体の残した情報を丸ごと回収することができた。ゼペットの言う通り、充分戦場でも役立つものだったと言える。
 残された文楽と留理絵もまた、それぞれ自分の機体に乗り込み、【妖精】の本体が撃墜された地点へ向けて機体を飛び立たせる。
 しばらく飛び続けたところで、ふと留理絵が恐る恐るといった様子で問いかける。
『……私がついてきて迷惑じゃなかった、愛生君?』
「お前が自分で着いてきたいと言ったんだろ」
『でも本当は、私にも「未熟だから帰れ」って言おうとしてたじゃない』
「そうは思わない。お前の技術は普通だからな」
『普通って……それ、どういう意味?』
「事実を言ったまでだ。お前が乗せ換えたという動力機関エンジンだが、昨日今日乗ったばかりの素人にどうにかなる代物しろものじゃない。それをお前は、普通の練習機と変わらないもののように扱っている。実戦で戦っている普通の操縦士と比べて、引けを取っていない。だからお前は〝普通〟だ」
『ほ、ほんと!? うわー。あの《蛇遣いアスクレピオス》に褒められちゃってるよ、私……』
 今まで順調に飛行していた留理絵の市松が、急にバランスを崩してふらふらと安定しない軌道を取り始める。どうも感情の起伏が操縦に出る性質らしい。
 文楽は正面のモニターを真っ直ぐに見据えたまま、真剣な声で続ける。
「だから俺が撃墜おとされたときは、お前が敵の情報を何としても基地に持ち帰ってくれ」
『任せといて! ……って、えっ? 文楽君、今なんて――』
「文楽さん、どうしてそんな縁起でも無いことを言うんですか!?
 留理絵が驚いた声を上げるのと同時に、隣のフェレスが猛然と問いかける。
 だが二人の声は、文楽の耳に届いてはいなかった。
 彼がじっと見つめ続けているのは、モニターに小さく映り込む小さな黒い点。
 機体を前進させる毎に、その小さな点は段々と大きくなり、やがて両肩に花のような形の多機能推進器を備えた巨大な人型――機甲人形アーマードールの姿を形作っていく。
 その形が指でなぞれるほどはっきりとした輪郭を持ち始めたとき、文楽は噛みしめるように言葉を発した。
「――俺達が今から相手にするのは、正真正銘の英雄だ」
『そんな……あれって、〝嫉妬〟の〈リヴァイアサン〉!?
 留理絵が驚きの声と共に、忘れ得ぬ名を虚空へ響かせる。
 この胸を焦がす感情は、焦りでも不安でもない――淡い期待と、色濃き恐怖。
 希望と絶望が入り交じった灰色の声で、文楽は呆然と呟いた。
「……やはり、お前だったんだな。レヴィア」
『マスター。会いたかったよ、ボクのマスター』
 まるで壊れた人形のように――まさに壊れかけた人形のレヴィアは、譫言のような声色で答える。まるで母親とはぐれた子供が、寂しさから上げるように切なげな声。
 【妖精】の報告にあった通り、濃紺の装甲には何者かの手によって所々が装甲を継ぎ接ぎして修復されている。半端に修復を施された頭部は右目のレンズが破損して、内部のカメラが煌々とした光を剥き出しにしていた。
 レヴィアは胸にそっと手をあてながら、縋るような声で語りかける。
『君が居なくなってからずっと、胸に穴が空いたみたいに痛むんだ』
「……その冗談は笑えないな」
 〈リヴァイアサン〉の胸には巨大な穴がぽっかりと空いている。レヴィアが自らの手で抉り、文楽を脱出させたときに破損した、操縦席のハッチが壊れたままになっていた。
 もう、直す必要の無い部品だとでもいうように。
『どうしてなんだ、マスター。どうして、ボクを置いていったりしたんだ!?
 突然レヴィアは、泣き喚く子供のように悲痛な声で叫び始める。
「俺は、そんなつもりは……」
『じゃあどうしてボクの前から居なくなってしまったんだ!? 答えてよ、マスター!!
 黙って様子を見守っていたフェレスが、ふと文楽に問う。
「どういうことですか、文楽さん」
「あいつは、自分の意思で俺を脱出させた……はずだ」
 量子頭脳とはいえ、情報の欠損が起こらないわけではない。
 自爆したときの影響で、記憶に破損が起きたとでもいうのだろうか――あるいは彼女を蘇らせた何者かの意思によるものだとでもいうのか。
「レヴィア。俺の言葉が、分かるのか?」
 文楽は操縦桿を操作しながら、機体を少しずつ前進させようとする。
 だが、〈メフィストフェレス〉は自らの意思で機体を急停止をさせた。
「文楽さん! 近づいてはダメです!!
「フェレス……?」
「行ってはダメなんです、文楽さん。あの方は、もう……」
 フェレスの堅い意思が、これ以上先に行かせまいと機体を引き留めている。
 夢から覚めたばかりのような空ろな表情で、文楽はフェレスに問いかけた。
「フェレス、お前の言葉で言ってくれ……俺の目の前に見える、あの機体は何だ」
「私が、ですか?」
「お前の目に映っているものをありのまま、偽りなく俺に伝えろ」
 戦場では、人形知能デーモンの判断が頼りだ。人間の目には映らない電波などのあらゆる情報が彼女たちの視聴覚センサーに入り込み、戦場の真実を映し出す。
 死刑宣告を待つ罪人のような気持ちで、文楽は言葉を待った。
 かつて自分の半身だった存在が、今や何者なのか――フェレスは静かな声で断じる。
「あの機体の量子頭脳は、ゲーティアに汚染されています」
 悲痛に顔を歪めながら、絞り出すような声で、精一杯に言い切る。
「あれは、倒さなければならない、人類の敵です」
「……ありがとう。フェレス」
 自らの喉に切っ先を突き立てるような気持ちで、文楽は操縦桿を堅く握り直す。
 最高の相棒は、今や人類にとって最悪の宿敵に成り果てて、目の前に佇んでいるのだ。
 あのときのままの、無邪気なレヴィアの声が、彼の鼓膜を突き刺す。
『ねえ、マスター。君が乗っているその人形は、一体何なんだ?』
 撃墜した機体から奪い取ったものなのだろう。手に持った対物ライフルを両手に構えた〈リヴァイアサン〉が、二つの砲口を文楽たちへと向ける。
「この機体の名は〈メフィストフェレス〉。お前と同じ《七つの大罪セブン・フォール》の――」
『そんなことは聞いてない! ボクというものがありながら、どうして君はそんな機体に乗っているんだと聞いているんだ!!
「それは誤解だ。俺も、好きで乗っているわけじゃ……」
「ぶ、文楽さん!? ひどいです! 今のはどういう意味ですか!?
「いや、今のはそういう意味では……」
『関係ない人形は引っ込んでいろ! これは、ボクとマスターの問題だ!!
「関係なくないです! 文楽さんは私のマスターなんです!!
『嘘をつくな! マスターはボクだけのものだ!!
 突然、眼下の森の中から、次々と鋼鉄の塊が猛スピードで上昇してくる。
 姿を現したのは、合計十数機もの戦闘ヘリの群れだ。機甲兵器として進化したヘリ達は、旧時代のような魚類に似た横長の形状と違い、まるで雀蜂のような姿をしている。
 左右に伸びる関節肢に似た三対の多機能兵装腕マルチアームには機関銃やミサイルなど様々な武装がとりつけられ、腹部には毒針の代わりに大口径の機関砲チェーンガンが備え付けられ、蜂の持つ凶悪な攻撃性を機械の体躯に備えている。
 まるで眷属を従える不死者ノスフェラトゥさながらに、ゲーティアの導きによって蘇った〝嫉妬〟の名を冠する機甲人形アーマードールは、高らかに声を張り上げる。
『他の人形おんなに奪われるぐらいなら、ボクの手で殺してあげるよ、マスター!!
 激しく言葉の銃弾を放ち合う二体から、少し離れた後方の地点。
 三つ巴の応酬を黙って聞いていた留理絵が、ふと場違いなほど呆れた声で呟く。
『うっわあ……何これ。人形と人形が操縦士取り合って修羅場ってる』
 修羅場という言葉の本来の意味を考えれば、あながち間違っていない表現だ――焦燥に駆られる頭の片隅で、文楽はふと思うのだった。

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