終章 いつか

 薄暗い格納庫の一角に、二人の男女の声がひっそりと響いている。 「ぶ、文楽さん。だめです、そんなところ……」 「いいから脚をどけろ。よく見えないだろ」  一つは、フェレスが上げる恥ずかしそうなか細い声。  そしてもう一つ […]

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第六章 I’ve Got No Strings(4)

「ほんっとガラじゃない……ッ!!」  どうして堕天使の自分が〝恋の天使キューピット〟なんて恥ずかしい役回りをしてやらなければいけないのか。  眼下に座り伏す〈メフィストフェレス〉の姿を認めながら、ルーシィは舌打ち交じりに […]

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第六章 I’ve Got No Strings(3)

 レーダーに映る味方機の反応がまた一つまた一つと消えていっては、ゲーティアの尖兵となって再び息を吹き返す。誰が敵で誰が味方なのかすらも判然としない。  ただ戦場を満たす機械達の歌声だけが、着実にその音を大きくしていくばか […]

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第六章 I’ve Got No Strings(2)

 その人形の少女フェレスは、資材置き場の片隅で膝を抱えてじっと座り込んでいた。  資材を運搬するための重機が上げる騒音。互いに怒鳴り合う兵士達の叫声。基地に避難するために集まった民間人達の喧噪。  様々な騒音があちこちか […]

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第六章 I’ve Got No Strings(1)

 戦場には無数の糸が張り巡らされている。  敵機の軌道、放たれる射線、振われる武器の剣筋。  様々な糸が戦場で絡み合い、複雑な模様を絶えることなく変化させ続けている。  点が動けば線に。線が動けば面に。戦場のあらゆる要素 […]

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第五章 Successful Mission(3)

 日もすっかり暮れてしまった郡河基地の一角に、室内訓練用の体育館が建っている。  薄暗い月明かりだけが差込む広い板張りの空間。そこには、一つの人影がある。 「どうしたの、文楽。何か用?」 「悪いな、集中していたところに邪 […]

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第五章 Successful Mission(2)

 学生寮の自室に帰ってきた文楽を出迎えたのはメイド服姿のフェレス――などではなく、先ほどまで一緒に出撃していた二人の訓練生たちだった。 「剣菱、桂城。どうしたんだ、こんなところで」  留理絵と雅能の姿を認めた文楽は、首を […]

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第五章 Successful Mission(1)

 夕暮れ時を迎えた郡河基地訓練学校の学長室。  テーブルを挟んで是人学長と向き合う文楽は、差し出されたコーヒーに手を付けようともせず、ただじっと黙り込んでいた。 「ただの捜索のつもりが予想外の事態に発展してしまったね…… […]

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第四章 REINCARNATION(5)

 戦闘が始まって、もう五分も経つだろうか。  山林の上空は、機関銃の絶え間ない砲音と、フェレスの悲鳴が木霊している。 「だ、駄目です文楽さん! 早すぎて追いきれません!!」 「全てを追わなくていい。撃つ瞬間と撃たれる瞬間 […]

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第四章 REINCARNATION(4)

 【妖精フェアリィ】とは、偵察専用機として作られた、操縦士を必要としない自律型の機甲人形アーマードールのことだ。  直接的な戦闘能力は低いものの、航続性と索敵性に特化している。また、操縦士を必要としないため、疲弊を問題に […]

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第四章 REINCARNATION(3)

「――とりあえず、こんなところでいいか」  スパナを工具台の上に置いた文楽は、タオルで汗を拭いながら大きく息を吐く。顔に着いたオイルの汚れが引き延ばされて、掠れた跡が頬に黒い筋を作った。  文楽が工具を片付けるその向こう […]

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第四章 REINCARNATION(2)

 訓練も学校の授業もない、穏やかな日曜日。  出入りする者は誰も居ないはずの訓練機用格納庫に、愛生文楽の姿があった。  格納庫の入り口を潜り歩き始めた彼に、ふと真上から声が降り注ぐ。 『愛生訓練生。こんなところで何してる […]

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第四章 REINCARNATION(1)

――いつになれば忘れられるのだろう。    戦いに明け暮れる日々の中、たった一度だけ触れた温もりのことを。  手に入れたいと願って、なのにこの手からこぼれ落ちてしまった小さな花のことを。  それはまだ、文楽が名も無き少年 […]

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第三章 HEART TO HEAR(5)

 留理絵るりえの部屋を後にして、フェレスは文楽と一緒に彼の私室へと戻ってきていた。  そしてなぜか、大量に積み上げられた洋服の山を一枚一枚広げてはたたみ直す作業を繰り返している。  洋服はどれも明るい色をした、女の子向け […]

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第三章 HEART TO HEAR(4)

 波乱の初訓練を終えた愛生あおい文楽ぶんらくは、食堂で配膳を待つ列にトレイを携え並んでいた。  基地内にある食堂は、駐屯している軍人や別課程の訓練生、そしてその教官などかなり多くの人間が入り乱れていつも混雑している。席は […]

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第三章 HEART TO HEAR(3)

 推進器が放つ空気を切り裂くような高音と、フェレスが上げる絹を引き裂くような金切り声が、文楽の耳を同時に貫いていた。 「きゃああああああああっ!!」 「うるさい、耳元で叫ぶな」  文楽が操縦桿とスロットルを巧みに操作して […]

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第三章 HEART TO HEAR(2)

 一面に広がる灰色のコンクリートが、太陽に照りつけられて淡く熱を帯びている。  機甲人形アーマードール用滑走路は全長で1㎞、幅はおよそ50m。郡河こおりがわ基地では、それが平行に三本並んでおり、かなりの広さを誇っている。 […]

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第三章 HEART TO HEAR(1)

 文楽が郡河こおりがわ基地訓練学校に転入してから四日目の朝。  彼が住んでいる宿舎の一室には、朝っぱらからフェレスの元気な声が響き渡っていた。 「おはようございます文楽ぶんらくさん! 素敵な朝ですね」  文楽はベッドに潜 […]

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第二章 Woke From Dreaming(5)

 学校から与えられた教材や支給品など多々の荷物を担ぎ上げた文楽は、コンクリート造りの宿舎の廊下を淡々と歩いていく。  訓練生用に建てられた宿舎は、前時代的な言い方をすれば四階建て鉄筋コンクリ―トの集合住宅マンションだ。こ […]

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第二章 Woke From Dreaming(4)

 文楽は、微かな緊張を覚えながら扉を叩く。  彼が立っているのは、『学長室』と表札が吊るされた扉の前。  中から返事が聞こえてくるのを待ってから、文楽は静かにその扉を開いた。 「失礼します。遅くなりました、愛生文楽です」 […]

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第二章 Woke From Dreaming(3)

「聞いたか桂城けいじょう? 転校生が来るって話」  郡河こおりがわ基地訓練学校の騒がしい教室。  桂城留理絵るりえは、今日何度目になるか分からない質問に内心でうんざりしながらも、作り笑顔で男子生徒の問いかけに応じた。 「 […]

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第二章 Woke From Dreaming(2)

 ココココンとリズミカルに扉を叩く音で、少年は深い眠りから意識を取り戻した。 「……騒がしい」 「よお、ピオ助! 元気してたか!」  医療用のカプセル型ベッドの中で上体を起こした少年は、陽気な表情で病室に入ってきた男を不 […]

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第二章 Woke From Dreaming(1)

「――こうして己の身を犠牲に、東海地区一帯を人類の手に取り戻した《蛇遣いアスクレピオス》は、英霊の末席に名を残すこととなった」  教科書を読み上げていた教官は、物々しい表情でそう言葉を締めくくる。  ここは、北部国防軍郡 […]

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第一章 Let Me Be With You (2)

 二十一世紀の中ごろ、世界に突如出現したあらゆる人工知能に憑依する謎の存在――あるいは現象そのものを、人類は悪魔を使役する書物になぞらえ【ゲーティア】と呼んだ。  電子感染症ウイルスに極めて近い性質を持つゲーティアは、通 […]

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第一章 Let Me Be With You (1)

 ファウストはメフィストフェレスに出会わなければならない。  しかし、ファウストは破滅させられるべきではないのだ。   『The Rest of the Robots』――アイザック=アシモフ   『ねえねえマスター。ボ […]

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